ヤマユリとは:茨城県のヤマユリの名所・群生地
- ヤマユリ名所一覧
- ヤマユリ名所個別案内
- ヤマユリとは
- 生殖(種・クローン成長)
- ヤマユリの花言葉
- ヤマユリの歴史
- ユリの欧米への紹介・称賛
- 学名と西洋の植物学者
- ユリ球根の輸出
- 高額売買の理由
- キリスト教とユリ
- 繁殖環境と自生地
- ヤマユリとササユリの違い
- ササユリとは
- ヤマユリとの群落境界線
- 多種群落の排除メカニズム
ヤマユリ(山百合)とは

ヤマユリ(山百合)は、ユリ科ユリ属に分類される日本固有の多年草で、学名は Lilium auratum(「金色の輝きのあるユリ」の意)です。分布は本州の中部地方以北(近畿地方以北)の山地や原野に自生しています。その圧倒的な美しさと存在感は、世界的に「ユリの王様(King of Lilies)」と称賛されています。
特徴は、夏(7〜8月)に直径20cmを超える世界最大級の白く豪華な花を咲かせることです。花弁には黄色の筋と赤い斑点があり、強い芳香を放ちます。
19世紀にヨーロッパへ紹介されると大絶賛を浴び、明治期には絹やお茶に次ぐ主要な輸出品として外貨獲得を支えました。また、現代の華やかな「オリエンタル・ハイブリッド」と呼ばれる園芸品種群の重要な親としても、世界のユリの歴史に計り知れない影響を与え続けています。
1.ヤマユリの花の特徴
2.根・茎の特徴
3.ヤマユリの生殖方法(種とクーロン成長)
4.ヤマユリの実と種の関係と風による飛散
5.ヤマユリの花言葉
ヤマユリの歴史:古代無名の野生の存在から「標準和名」の定着まで
1. 古代から江戸時代:食料・医療用として名称の簡素化・地域ごとの呼称の乱立
2. 明治以降:西洋科学の流入と「学名」の誕生
3. 大正から昭和:牧野富太郎による「和名」の統一により 「ヤマユリ」
ヤマユリの欧米への紹介と絶賛、球根の輸出

ユリの花が欧米へ進出した歴史は、18世紀のカール・ツンベルク、シーボルト等によるヨーロッパへの紹介に始まりです。次いで、ジョン・リンドリーがヤマユリをLilium auratum「金色の輝きのあるユリ」と命名し、イギリスの権威ある園芸誌に発表し、世界一に黄金のユリというjことで衝撃を与えました。次いで、明治6年(1873年)に明治政府が初めて公式に参加したウィーン万国博覧会においてヤマユリ等の現物展示を実施し、絶賛を浴びることになります。
明治期には横浜港から年間数千万球が輸出される一大産業へと発展しました。日本の野に咲くヤマユリの圧倒的な美しさは欧米の園芸界を熱狂させ、その後、「カサブランカ」などの現代の華やかなユリを生み出す交配の重要な母株となりました。
カサブランカ(学名と品種名称:Lilium Casa Blanca&rsquo)は、オランダで改良されたユリ属栽培品種です。ヤマユリ、カノコユリ、タモトユリなどを原種とするオリエンタル・ハイブリッドの栽培品種の一つです。オランダでは、交配したり固定した植物に都市名をつけることが多かったので、カサブランカもそれにならってモロッコ王国内で最大の(家々の壁が白い)都市の名前がつけられた。結婚式の際のブーケをはじめ、主に贈り物の花束として喜ばれる花で世界的に普及している。
※写真は、カサブランカの写真です。全体が白いのが特徴です。
1. ヨーロッパへのヤマユリの紹介と学名・植物学者
2. 万博での注目と爆発的なブーム(欧米でのユリバブル)
3. 横浜港からの売り根の大量輸出
4. 欧米でのヤマユリ等日本品種を母株とするハイブリット品種改良と逆輸入
その後の輸出できない主な理由と国内での現状
- 自生(山採り)球根の枯渇:明治初期のヤマユリ輸出は、野山に自生している球根を掘り起こす「山採り」に依存していました。爆発的な需要に追いつかなくなり、乱獲によって自生個体数が激減しました。現在の多様性や絶滅危惧の問題につながっています。
- ウイルスと病気に弱すぎる: ヤマユリは日本の豊かな山の環境(木漏れ日、水はけが良く涼しい斜面)で生き抜く力を持ちますが、畑に植えて密集させると、アブラムシなどが媒介するウイルス病であっという間に全滅してしまいます。
- 開花(球根の完成)までに時間がかかる:タネから育てて花が咲く(売り物になる大きさの球根になる)までに、最低でも4年~5年 の歳月が必要です。コストとリスクが高すぎて、近代的な大量生産のビジネスには全く見合いません。また、ヤマユリの切り花は、高級品であり、花粉や日持ち等の問題もあり物流等の問題もあります。街の花屋さんでも取り扱いがない状況です。
- ヤマユリの切り花:高級品であり、花粉や日持ち等の問題もあり物流等の問題もあり、ほとんど商流がない状況です。街の花屋さんでも取り扱いがない状況にあります。
「東のヤマユリ」、「西のササユリ」意外と知らないヤマユリとササユリの違い

関東や東北の人で年配の方では、「ヤマユリ」を見たことがない人はいないような気がしますが、若い人も含めて見たことがない人でも「ヤマユリ」という言葉は聞いたことがあるはずです。また、「ササユリ」という言葉を聞いたことがない人は多数いるはずです。
一方、関西以西の四国、九州の人は、野生のユリと言えば、「ササユリ」が当たりまえなのです。
ヤマユリとササユリは、いずれも里山のユリですが、中部地方から東海地方を境にして、生息環境が異なるのです。
また、北海道やトカラ列島・沖縄にはヤマユリもササユリにはありません。
詳細解説は、省略しますが北海道では、野生のユリと言えば橙色(オレンジ)の「エゾスカシユリ(蝦夷透百合)」です。
トカラ列島や沖縄では、一般的に野生のユリと言えば花弁が真っ白な「テッポウユリ(鉄砲百合)」です。
ユリの群落のアレロパシーとガウゼの法則
ササユリ(笹百合)とは
ヤマユリとササユリの東と西の境界線
何故、西欧で日本のヤマユリ等のユリが高額取引されたのか
キリスト教とユリについて
ヤマユリの繁殖環境・里山自生地の現状
茨城県の百合の名所・ヤマユリ等群生地一覧
諸沢地区のヤマユリ自生地
【常陸大宮市】ヤマユリ・オオバギボウシ・タマアジサイ長浜海岸のヤマユリ自生群生地
【北茨城市】海岸岩壁のヤマユリ群生地、長浜ヘッドランドやすらぎの里小川のヤマユリ
【小美玉市】ヤマユリ、スイレン、紫陽花、アサザホトメの里のヤマユリ群生地
【小美玉市】ヤマユリ、スイレン、ハンゲショウ、ビオトープいばらきフラワーパーク
【石岡市】ヤマユリ群生地、あじさい、バラ大平野生植物園のヤマユリ
【利根町】7月にやまゆり祭り、入園無料井上地区山百合の里のヤマユリ
【行方市】ヤマユリ自生地、山百合の会
茨城県のヤマユリVRツアーマップ
茨城県おすすめヤマユリVRツアーマップは、茨城県内のすべてのおすすめヤマユリVRシーンの登録位置を確認できるマップです。以下のマップ上の赤オレンジ(広域起点)、青(空中)、黄(地上)のポイントをクリックするとVRシーンポイントの名称が表示されます。そのシーン表示をクリックするとその場所のVRシーンをご覧いただけます。
何故、この岩壁にヤマユリが群生するのか
諸沢地区のヤマユリ自生地:常陸大宮市
茨城県常陸大宮市の諸沢のヤマユリです。諸沢地区は、複数の地区で道路脇に自生するヤマユリが見られます。諸沢宿という地区林間と宿坂(坂道道路)という場所に多く自制しています。諸沢宿(小字)は、山方諸沢簡易郵便局の交差点を付近一帯です。郵便局ところがY字路になっており、Y字路を南東方向に上っていく坂を「宿坂」(地元名)といいます。宿坂が終わるあたりを戸屋(小字)といい、諸沢三区農村集落センターがあります。諸沢宿には、メイン道路の脇道や、山裾にヤマユリが自生しています。また、宿坂の道路の脇や丘の斜面にもヤマユリが自生しています。
本撮影には、諸沢宿においてヤマユリの保護活動を中心的に行っている中島さんに案内していただきました。中島さんの話では、イノシシの被害の他、通行する方が切り人がいるような話でした。これらヤマユリは自生しているものですが、地域の方々が主柱を立てたり、草刈りを行うなど保護活動を行っているものです。ヤマユリが、自生している土地は、個人の土地や共有地であり、ユリを切って持ち帰ること、盗掘は厳禁です。
諸沢地区では、地域ボランティアの方々が地域おこしのため、グラジオラス等の草花を植える活動を行っています。
常陸大宮市の諸沢地区は、日本の原風景が残る地区で、「籠岩」(茨城県で最も危険な場所?)や「やまがたすこやかランド三太の湯」などがあります。 また、常陸太田市の西金砂神社、竜神大橋、武生神社も隣接するおすすめスポット地域です。
場所〒319-3105 〒319-3105 茨城県常陸大宮市諸沢4280−1(諸沢宿)
常陸大宮市・諸沢地区の地図
ホトメの里の付近の地図
やすらぎの里小川のヤマユリ


いばらきフラワーパークの地図
大平野生植物園の付近の地図
山百合の里のヤマユリの開花景観

井上地区山百合の里のヤマユリの開花の様子です。












