コウホネとは、特徴・由来・歴史、茨城県の名所案内
- コウホネとは
- 花言葉
- 学名の命名者
- 何故、スイス人生物学者
- 東西の歴史的な評価の違い
- 平安時代の常備薬
- 一転する江戸時代の評価
- 江戸はコウホネの群生地
- 春の小川と河骨川
- コウホネの絶滅危惧
- 茨城県のコウホネ名所一覧
- 茨城県のコウホネ個別案内
(1)コウホネの花

コウホネは、水中の地下茎から長い花柄(かへい)を水上に延ばしてその先端に直径 3~5 cm 程の黄色いカップ状の花を咲かせます。5枚の花びらのように見えるものは萼(ガク)です。 萼(がく)も含めた花全体は、まるで黄色い餡(あん)で作られた和菓子のようです。
花期は、6月~9月頃で比較的長い期間見ることが出来ます。
萼片(がくへん)は5枚で、黄色 で大きく花弁(はなびら)のように見えますが、実はガクで、花の終了に合わせて緑色に変色していきます。
花弁は、中央部分に多数、黄色く、ガクの半分以下の長さのものです。
雄しべも多数あり、葯(やっく:花粉袋)は長さ 3–8 mm、花糸は葯の1–2倍長です。
雌しべは1個、多数 (9–17個) の心皮からなり、柱頭盤(めしべの部分)はふつう黄色、直径 5–7 mm、深く切れ込んで星形で花の中心部分です。この、柱頭盤部分が、徐々に緑色に膨らんで実になります。
コウホネの花の生殖法は、雄と雌が同居している「両性花」で「雌雄同株」で、雌蕊(めしべ)が他の花の雄蕊(おしべ)の花粉で完熟する「雌性先熟型」です。これによって、自己受粉を避け、種の多様性を維持しているのです。
- 両性花(りょうせいか): ひとつの花の中に「めしべ」と「おしべ」が同居しています。
- 雌雄同株(しゆうどうしゅ): ひとつの株(個体)にオスメス両方の機能が備わっています。通常の花は、めしべが花の中央にあり、そのまわりに花粉をもった複数のおしべがあります。
- 雌性先熟(しせいせんじゅく): 花が開くとまず「めしべ」が先に成熟して受粉できる状態になり、他の花のおしべが風やハチ等の昆虫でじゅぶんされ完熟し、その後に「おしべ」が花粉を出し他の花のめしべに受粉し完熟させます。
(2)葉

根茎の先端部から葉柄が束生し、その先に深緑色の光沢のある狭卵形や長楕円形の縦10–50cm,横6–18cm程の葉をつけます。
葉には、水中の沈水葉と水上の水上葉があり、冬季に水上葉は枯れ、沈水葉だけになり、沈水葉は、水上葉よりも細長く、流水域では、沈水葉だけの場合もあります。また、水上葉には、水面より高く立ち上がる抽水葉と水面に浮かべる浮水葉があり、水深の浅い場所は抽水葉となり、深い場所は浮水葉となります。
なお、コウホネは、黄色の花と深緑の葉が鮮やかにマッチングしていることが人気の要因です。そのため、どちらが欠けても「絵」になりません。
これは、「生け花」でも同様です。そのため、「切り花」も花と葉のセット販売です。
(3)果実と種は
写真は、花が徐々に終了し、液化ができる過程の写真です。左側上は、花が終了したところです。右下は、実になりつつあります。液果で花が終わった後に、長さ 3–6 cm程の緑色でつぼ形の実をつけます。その後、実は液化のため水中でくずれて多数(100個ほど)の倒卵形(長径 5–6 mm)の種子を水中に放出します。
- 最初はかたまって「浮く」:果実が熟すと、水中で割れて中から種子が飛び出します。このとき、種子は1粒ずつバラバラになるのではなく、空気を含んだゼリー状の組織(内果皮)に包まれた塊の状態で出てきます。この空気のおかげで、種子の塊は水面に浮きことができます。水面に浮くことで、湖の波や水の流れに乗って、親植物から離れた遠くの場所まで運ばれるのです。
- やがてバラバラになって「沈む」:水面を漂っているうちに、種子を包んでいたゼリー状の組織が水に溶けたり、ふやけて崩れたりします。すると、中にあった種子が1粒ずつ離れ、空気の浮力を失って最終的には水底(湖底)へと沈んでいきます。 3
- 泥の中で春を待つ:発芽する湖底の泥に沈んだ種子は、そこで冬を越します。コウホネは種子から育つのが少し難しい植物ですが、環境が整うと春以降に泥の中で芽を出し、新しい株として成長できるのですが、問題は自然の中にコウホネの育つ環境が無いという事なのです。
(4)地下茎 (根茎)
コウホネの花言葉
なぜ、スイスの植物学者のドゥ・カンドールだったのか?

オーギュスタン・カンドールは、日本に来たことはありません。スイス人のオーギュスタン・カンドール(DC)が、日本に自生するコウホネの命名者になれたのは、出島(長崎)を通じてヨーロッパに渡った日本の植物標本を、彼が現地で詳しく研究したからです。当時は鎖国下でしたが、日本から海外へ植物が渡るルートが存在していました。彼が命名者になるまでの背景には、以下のような歴史のドラマがあります。
- 1.出島からヨーロッパへ渡った標本
- 江戸時代、長崎の出島にはオランダ商館の医師として、カール・ツンベルク(チュンベリ)などの著名な植物学者がやってきていました。彼らは日本国内で膨大な植物を採集し、乾燥させた「押し葉標本」にしてヨーロッパへ持ち帰りました。
- 2.世界中の植物が集まる中心地にいた
- カンドールが活躍していた19世紀初頭のヨーロッパ(特に彼がいたパリやジュネーヴ)は、世界中から新種の植物標本が集まる「植物分類学の最先端拠点」でした。カンドールは、ツンベルクらが日本から持ち帰った標本を観察する機会に恵まれました。そして、その中にあった日本の水草(コウホネ)を目にしたのです。
- 3.「これは新種だ」と1821年に発表
- ヨーロッパにもコウホネの仲間(セイヨウコウホネなど)は自生していましたが、カンドールは日本の標本をじっくり調べた結果、「ヨーロッパのものとは形が違う、アジア・日本特有の新しい種類だ」と突き止めました。※写真は、セイヨウコウホネの写真です。花の見た目は、よくわかりませんが、葉が水面に浮いていて、丸型なのが大きな違いです。日本のコウホネは、葉が茎で立ち上がり、ハート形をしています。
1821年、自身の著書の中で、この植物にコウホネ属を表す「Nuphar」と、日本産であることを示す「japonica」という学名を与えて世界に発表しました。カンドール自身は日本に来ていませんが、「江戸時代の出島経由でヨーロッパに運ばれたコウホネの標本を、世界で初めて科学的に正しく分析して学名をつけた人」が彼だったため、今でも学名の後ろに「DC」の名が刻まれているのです。
日本人でないのが残念ですが、日本人が国内で初めて新種の学名を発表したのは、68年後の1889年(明治22年)です。植物学者の牧野富太郎(まきの とみたろう)が、大久保三郎との連名で新種の植物「ヤマトグサ」の学名を『植物学雑誌』に発表したのが最初です。なお、牧野富太郎が圧倒的にすごいのが、約4万件の標本を集め、1500種に及ぶ新種の命名者であることです。優秀すぎたため尋常小学校も中退し、大学も卒業していませんが東京大学から博士号を授与されています。ヤマユリのページ牧野富太郎の案内ページを参照ください。
コウホネの名の由来と歴史的な評価
平安時代のコウホネの評価:美の対象ではなく常備薬だった!
何故、常備薬?コウホネの薬用としての効果
関東平野・江戸(東京)は、コウホネ最大の群生地・楽園だった!
現在の東京のコウホネ自生地と群生地
明治・大正の代々木の「河骨川」について
河骨川(こうほねがわ)は、かつて東京都渋谷区を流れていた全長約1kmの小川で、唱歌『春の小川』のモデルとして知られています。河骨川は、現在の渋谷区代々木3丁目付近に源を発し、小田急線の参宮橋駅付近などを経て、渋谷川の支流である宇田川に合流していました。1964年の東京オリンピックを機に暗渠化され、下水道に転用され「河骨川」という自然地名は消滅しました。
この河骨川があったところに「春の小川記念碑」があります。
「春の小川」が発表されたのは、明治45年(大正元年)です。このころ、渋谷や代々木は、今では考えられませんが、まだ田園地帯でした。 春の小川には、「れんげ」と「すみれ」が登場します。季節は、異なりますが大正元年ころには、コウホネが群生していたはずです。
「春の小川記念碑」の場所:〒151-0053 東京都渋谷区代々木5丁目64
以下は、記念碑の裏面の記載文章です。
「表記の歌は、大正元年に高野辰之博士がこの下を流れたいた宇田川の支流河骨川の岸辺を散策し作詞したものです。そのことを後世に伝えるためこの碑を建立致します。」
昭和五十三年十二月六日
東京都渋谷区教育委員会
↓以下画像は【明治41年に東京市が発行した地図】です。
以下の地図は、地図上中心からやや右上に千駄ヶ谷村、その上に代々木の表示があります。地図左側下に渋谷村と世田谷の文字が見られます。この地図で、道路区画は表示されていますが、代々木や渋谷、世田谷は、田園と山野を表す印だけが表示されているだけです。この辺一帯が、田園地帯であったことが明確です。自生のコウホネも群生していたことも容易に想像されます。
※渋谷駅は東京府の拡大図によって確認はできません。
- 地図の名称:市區改正東京全圖 出版年:1908.4
- 加工内容:地図全体から代々木付近を中心として切り出し表示(1600×375)
- 所蔵館名:東京都立図書館 サイト名:Tokyoアーカイブ
一転する江戸時代のコウホネ評価:大衆文化に花開く!
1. 俳句(俳諧)における「生活感と夏の情景」
2. 絵画における「写実と意匠(デザイン)の融合」
3. 園芸における「品種改良と庶民の鉢植え文化」
4. 華道における『水もの』の技術革新
5.コウホネの薬用(常備薬)における「伝統の継承と大衆化」
コウホネの絶滅危惧について
茨城県のコウホネの群生地・自生地等一覧
記載は、茨城県の県北、県央、県西、県南、鹿行の順です。
清水洞の上公園【那珂市】
コウホネ、他スイレン・アヤメ・ハス・あじさい等額田城跡【那珂市】
コウホネ自生地、他ウバユリ、城跡赤羽緑地公園【日立市】
コウホネ、他ミズバショウ、スイレン、アヤメ等鏡ヶ池【桜川市】
コウホネ、桜川の源流、観桜名所筑波実験植物園【つくば市】
オゼコウホネ、コウホネ群生池巴川 野友橋付近【鉾田市】
巴川上流、コウホネ自生地巴川 北浦橋水位観測所【鉾田市】
巴川下流、コウホネ自生地水郷トンボ公園【潮来市】
コウホネ、他オニバス、アサザ、ガガブタ、ミズアオイ、彼岸花等
茨城県のコウホネVRツアーマップ
那珂市・清水洞の上公園のコウホネ群生地
清水洞の上公園は、那珂市東木倉にある自然観察ができる公園です。地域ボランティアの「清水洞の上自然を守る会」が運営管理しています。 2022年には、コウホネが蓮池にありましたが2023年は、コウホネ池が独立し多数のコウホネを見ることが出来ます。
場所:〒311-0114 茨城県那珂市東木倉219−1(地図)
問合せ:那珂市観光協会
電話:029-298-1111
清水洞の上公園付近の地図
那珂市・額田城跡のコウホネ自生地
額田城南側の湿地池で、戦前にあった「有が池」の自生コウホネを見ることが出来ます。
額田城南側の水田地は、旧石器・縄文時代には、海(縄文海進)でした。その後長い年月を経て「有が池」という東西に長い池となり、額田城(佐竹氏)の南の城柵の役割を果たしていました。地元長老の話では、「有が池」の頃にもコウホネはあったという話ですが、池は昭和18年に戦後の殖産のため水田として干拓されという話です。 その後、水田の用水路には、自然発生したコウホネが100メートルにわたり毎年咲いていたそうです。2006年に地元の人が、日本固有の希少種の植物であることに気づき、額田城保存会が2007年に水田脇の額田城の湿地池に植え替え、現在に至っているとのことです。なお、その後、田の用水路のコウホネはコンクリート化等により消滅したらしいです。
場所:〒311-0107 茨城県那珂市額田南郷258(地図)
問合せ:那珂市観光協会
電話:029-298-1111
額田城跡地付近の地図
日立市・赤羽緑地公園のコウホネ

赤羽緑地は、日立市久慈町にある日立市の緑地で、別名、自然観察ふれあい公園と呼ばれています。現在、この緑地は、「赤羽緑地を守る会」のメンバーが管理を行っており、四季折々の草花の他、水芭蕉、スイレン、あやめ、コウホネ等の水草、彼岸花、山桜・大島桜等を見ることが出来ます。 コウホネは、2022年まで大池の東側の通路の脇にありましたが2023年は、池の中央と称池の北側の角付近にあります。※VRツアーは、まだ、取材しておりませんので見れません。7月頃を予定しております。
場所:〒319-1222 茨城県日立市久慈町5丁目18(地図)
問合せ:日立市 都市建設部 都市整備課 公園係
電話:0294-22-3111
赤羽緑地公園付近の地図
鏡ヶ池のコウホネ群生地:桜川市
鏡が池は、土浦市で霞ヶ浦に注ぐ桜川の水源地で謡曲「桜川」や花園天皇、紀貫之の和歌にも登場する名所です。この池には、多数のコウホネが群生しています。群生としては、茨城県でも最も大きいと思われます。
問合せ:桜川市観光協会
電話:0296-55-1159
鏡ヶ池付近の地図
筑波実験植物園のコウホネ・オゼコウホネ:つくば市
筑波実験植物園は、つくば市天久保にある国立科学博物館の植物の研究機関で、つくば植物園とも呼ばれ一般公開されています。
筑波実験植物園では、生きた多様な植物を収集・保全し、絶滅危惧種を中心とした植物多様性保全研究をしています。 約14 万平方メートルの園内には、中部日本等の植物が屋外に植栽され、世界の熱帯や乾燥地、熱帯降雨林などを代表する植物を植栽した施設もあります。
中央広場から北東に向かった先に水生植物区画(約3700平方メートル)の池があり、この池では、ハンゲショウ、オニバス、ヒツジグサ、コウホネ等希少な水生植物を見ることができます。 コウホネは、池の西側の森から入り木製通路を進むと林間のハンゲショウの湿地を通り、北東方向に進むと池の通路の最後に尾瀬コウホネのブロックがあります。尾瀬コウホネは、群馬県の尾瀬、山形県の月山、北海道の猿払原野の池塘にのみ分布する極めて珍しいコウホネです。柱頭部分(中心部分)が赤く色づく特徴があります。
ブロック過ぎると北側通路でて林間を20m程東側に歩くとつくばね橋の東側池にでます。そこでは、コウホネの群生を見ることが出来ます。
※筑波実験植物園の利用案内
所在地:〒305-0005 茨城県つくば市天久保4丁目1-1
営業時間:9:00~16:30(入園は16:00まで)
休園日:毎週月曜日(祝日・休日の場合は開園)
入園料:利用案内 ※一般・大学生: 320円 高校生以下無料
電話:029-851-5159
巴川・野友橋付近のコウホネ自生地:鉾田市
茨城県のコウホネと検索すると鉾田市まちづくり推進会議ホームページの2019年のコウホネ取材情報が検索され、鉾田市まちづくり推進会議の自然環境部会の方に確認したところ、今でも巴川(ともえがわ)河口付近の2箇所程にコウホネが自生しているところがあるということでした。また、洪水があったあと見ていないが見られると思うという話でした。また、ほっとパーク鉾田(温泉)に車を停めて、野友橋下流に向かって左側(北側)堤防を歩くと対岸に見られるという話でした。茨城県内でコウホネが河川にあるということを聞くのは初めてで驚きました。
翌日の2023年6月10日の午後に鉾田市のコウホネ自生地を取材しました。案内いただいた場所に1億年以上を起源とするコウホネが実際にあり感動です。
2023年6月2日深夜から3日午前にかけて、茨城県内は記録的な大雨に見舞われ、鉾田市の巴川の付近は、テレビでもニュースになりましたが、車2台が流された(人は無事救助された)場所でかつてない洪水・激流になった場所です。VRシーンを拡大して見てみるとわかりますが、葉がボロボロなっており、花がとれているものも見られますが、既に回復し咲いている花もあります。
コウホネは、コンクリート化等の生育の環境変化には弱いですが、河骨と言われるように根は強靭で茎は弾力性があり、そこそこの激流の洪水にも対応できる植物のようです。
巴川のコウホネの花の観察や写真を撮る場合には、対岸から見る必要があり、望遠鏡や双眼鏡、望遠レンズが必要です。また、駐車場はありません。巴川のコウホネは、7月~8月頃に再度取材予定です。
なお、VRツアーの取材は、まだ行っておりませんが「ほっとパーク鉾田」には、温泉施設(風呂・温泉プール・食事・トレーニングルーム等)があるほか、子供の遊べる屋外遊具芝生広場、鹿島鉄道の車両展示、パークゴルフ、バーべキュウ場、ウォーキングコース等があり、鉾田市のおすすめ観光スポットです。
巴川 野友橋付近の地図
巴川・北浦橋水位観測所付近のコウホネ自生地
巴川・北浦橋水位観測所は、Googleマップに表示されています。この場所には、脇に橋名は不明ですが車道の橋があり、下流斜め右側約10メートルほどのところにコウホネがあります。橋の中央から見るとよくわかります。駐車場はありません。
巴川 北浦橋水位観測所付近の地図
水郷トンボ公園のコウホネ:潮来市
水郷トンボ公園は、潮来市福島にある自然観察のできる公園です。ここには、大きく5つの池があり、北東に位置する池の北側か中央付近までの木橋通路の両側にコウホネがあります。コウホネの時期の5月~8月頃までは、ミズアオイ、アサザ、ガガブタ、オニバス等めずらしい水草を見ることができます。
問合せ:潮来市観光商工課
電話:0299-63-1111















