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水戸城跡の観光スポット・水戸城とその歴史

水戸城跡VRツアーは、茨城県水戸市の水戸城跡をエリアとしています。隣接するスポットは、水戸市VRツアーをご覧ください。


水戸城跡のおすすめ観光スポット一覧

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観光名所・おすすめスポット13件

水戸城跡には、おすすめの観光名所・おすすめスポットが多数あります。以下は、水戸城跡の観光名所・おすすめスポットのうち、取材・登録が完了しているVRツアーです。

水戸城跡のおすすめ観光スポット360度VR動画一覧

おすすめ観光スポットVR動画1件

水戸城跡観光スポットVRツアーマップ・交通案内

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水戸城観光スポットVRツアーマップは、水戸城のすべてのVRシーンの登録位置を確認できるマップです。以下のマップ上の青(空中)黄(地上)のポイントをクリックするとVRシーンポイントの名称が表示されます。そのシーン表示をクリックするとその場所のVRシーンをご覧いただけます。

上記の地図は、地図範囲移動地点WEB表示システムが採用されており、地図の中心地点を茨城県内の他の市町村に移動するとその地点の市町村観光案内ページに移動できます。


水戸城とは、その歴史

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水戸城は、日本の城として歴史は非常に古く、平安時代末期頃から鎌倉時代初期(12世紀末〜13世紀初頭)に、源頼朝から地頭に任じられた馬場氏(馬場資幹)が築いた館が起源です。
その後、江戸氏、佐竹氏の居城を経て、江戸時代には徳川御三家の一つである水戸徳川家の居城となりました。
水戸市の中心部、水戸駅の北側に隣接する丘陵に築城された連郭式平山城です。北部を流れる那珂川と南部に広がっていた千波湖を天然の堀とした要害(ようがい)です。台地東端の下の丸(東二の丸)、から西に向かって本丸、二の丸、三の丸が配され、それぞれが空堀で仕切られています。城郭は、主に土塁と空堀で構成された戦国期東国の典型的な城です。


鎌倉時代初期の築城・馬場氏の館

水戸城は、鎌倉時代初期の建久年間(1190〜1198年)に馬場資幹(大掾 資幹)によって築城され、馬場館(馬場城)と呼ばれていました。
この時点では、水戸城の本丸部分だけでした。 馬場資幹(馬場氏)は、平国香の流れの常陸平氏で平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将・御家人です。『吾妻鏡』では、建久元年(1190年)に源頼朝が上洛した際に先陣に加わったとされています。
1193年(建久4年)の常陸政変によって、多気義幹(多岐氏)が失脚し、平家同属の馬場資幹が、源頼朝から常陸大掾に任命されました。その後、大掾氏といわれるようになります。


室町時代の水戸城:江戸氏の館又は城

1416年(応永23年・室町時代)に、上杉禅秀の乱で、当主の大掾満幹は上杉禅秀側に加担しましたが、足利幕府側についた江戸通房に敗れました。
江戸氏は、初めは河和田城(現在の茨城県水戸市川田)を本拠としていました。 1427年(応永34年)に水戸城主・大掾満幹が青屋祭を行うために城を離れて常陸府中に向かった隙に水戸城を占拠して自らの居城としました。これにより、大掾氏に代わって江戸氏が新城主となり、その支配は以後7代(約170年間)続きました。
この頃に、二の丸ができたとされています。以後、江戸氏は度々主家である佐竹氏と対立します。
なお、江戸氏は、藤原北家魚名流とされる「藤原秀郷」の後裔・川野辺氏の支流である那珂氏の傍流です。一方、馬場氏は、「平国香」の子の「平貞盛」の後裔(こうえい)です。「平将門」を手を組んで倒した末裔(まつえい)がこの時代に水戸で激突しています。


戦国時代の水戸城:佐竹氏

1590年、豊臣秀吉の小田原征伐(北条氏との戦い)において、佐竹氏は小田原参陣の功により秀吉から常陸国の所領安堵を得ました。その勢いで佐竹氏は江戸氏を強襲し、江戸氏を滅ぼしました。
翌1591年に佐竹氏は本拠を太田城から、常陸国制圧の重要拠点である水戸城に移し、水戸城は常陸国主佐竹氏の居城となりました。
義宣は入城するとすぐに城を大改修を行い、城名も水戸城に改めました。佐竹氏時代に、三の丸、二の丸、本丸、下の丸が連なる、現在の城の基礎ができたと考えられています。
1592年に氏神として崇敬していた常陸太田鎮座の馬場八幡宮より、八幡大神を水戸城内に奉斎し水戸八幡宮を遷座しました。徳川時代に2度場所が移転し、現在の場所になっています。


江戸時代:水戸徳川家、明治・現在の水戸城

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佐竹氏は関ヶ原の戦いで中立を守ったことで秋田に転封となり、徳川家の城として水戸城には武田信吉が封じられました。
しかし信吉は翌年に急死したことから、徳川頼宣が封じられ、以後、江戸時代は、御三家の1つ水戸徳川家の居城として明治を迎えることになります。
水戸徳川家は参勤交代を行わない江戸定府大名であったため、水戸城が藩主の居城として使われることは少なく、城内の建築物は質素でした。
明治になり、廃藩置県が行われ水戸城は廃城なりましたが、御三階櫓は明治の解体を免れました。
その後、太平洋戦争時の水戸空襲で御三階櫓は焼失しましたが、弘道館は、正門、正庁及び至善堂は戦火を免れ今でも見ることができます。


水戸城本丸跡:水戸城跡の史跡おすすめスポット

水戸市の本丸跡説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)本丸跡のスポット案内
水戸城の本丸跡は、水戸市三の丸の茨城県立水戸第一高等学校の入口にあり、説明板が建っています。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸3丁目10-1
(2)本丸跡の観光VRツアーの説明
上記画像は、水戸城の本丸跡の説明板の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、空撮143m、説明板で構成されています。

水戸城薬医門:水戸城跡の史跡観光ポット

水戸市の水戸城薬医門説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)薬医門のスポット案内
薬医門は、茨城県立水戸第一高等学校の前にある茨城県指定文化財です。安土桃山時代末期、佐竹氏が水戸城にいた時期に建立された本丸橋詰門(はしづめもん)ではないかと考えられています。水戸市の歴史観光スポットです。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸3丁目10-1
参考水戸市 旧水戸城薬医門 紹介ページ
(2)薬医門の観光VRツアーの説明
上記画像は、薬医門の説明板の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、薬医門前、説明板で構成されています。

水戸城杉山坂:水戸城跡の史跡おすすめスポット

水戸市の杉山坂説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)杉山坂のスポット案内
杉山坂は、寛永2年(1625年)に整備された那珂川方面から水戸城へと登る坂道です。坂の上には杉山門、大シイ、二中見晴らし台、二の丸御殿跡があります。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目11-2
(2)杉山坂の観光VRツアーの説明
上記画像は、杉山坂の説明板の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、杉山門、大シイ、二中見晴らし台、二の丸御殿跡と連動しています。

水戸城杉山門:水戸城跡おすすめスポット

水戸市の杉山門の景観写真とVRツアーのリンク
(1)杉山門のスポット案内
杉山門は、水戸城二の丸の北口にあった門です。杉山坂と並行に建っているのは、かつて枡形があったためです。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目11-2
(2)杉山門の観光VRツアーの説明
上記画像は、杉山門の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、杉山門、説明板で構成されています。

水戸城跡の大シイ:水戸城跡の巨木スポット

水戸市の大シイ説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)水戸城跡の大シイのスポット案内
水戸城跡の杉山坂の上には、2本の大シイが立っています。どちらも樹齢推定400年で、佐竹氏が水戸城にいた頃より自生していたと伝えられています。水戸市指定天然記念物に指定されています。水戸市の巨木おすすめスポットです。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目11-2
参考水戸市 水戸城跡の大シイ 紹介ページ
(2)水戸城跡の大シイの観光VRツアーの説明
上記画像は、水戸城跡の大シイの360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、空撮146m、解説板・椎の木で構成されています。

二中見晴らし台:水戸城跡の景観おすすめスポット

水戸市の二中見晴らし台入口の景観写真とVRツアーのリンク
(1)二中見晴らし台のスポット案内
二中見晴らし台は、水戸市立第二中学校の敷地内にある見晴らし台です。那珂川やひたちなか市の住宅地が望めます。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目9-22
(2)二中見晴らし台の観光VRツアーの説明
上記画像は、二中見晴らし台の入口の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、入口、見晴らし台展望で構成されています。

水戸城二ノ丸跡:水戸城跡の史跡おすすめスポット

水戸市の水戸城二ノ丸跡説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)水戸城二ノ丸跡のスポット案内
水戸城の二ノ丸は、本丸の西側にありました。現在は茨城県立水戸第三高等学校と茨城大学教育学部附属小学校・附属幼稚園となっています。本丸と二の丸の間にあった空堀は、JR水郡線の線路となっています。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目9
(2)水戸城二ノ丸跡の観光VRツアーの説明
上記画像は、水戸城二ノ丸跡の説明板の360°パノラマ写真のVRです。

水戸城三階櫓跡:水戸城跡観光の史跡おすすめスポット

水戸市の水戸城三階櫓跡説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)水戸城三階櫓跡のスポット案内
水戸城の天守閣の代用とされた外見は三層、中は五階建ての大型の櫓の跡です。御三階櫓と呼ばれていました。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目9
(2)三階櫓跡の観光VRツアーの説明
上記画像は、水戸城の三階櫓跡の説明板の360°パノラマ写真のVRです。

二の丸展示館:水戸城跡の観光名所

水戸の二の丸展示館の景観写真とVRツアーのリンク
(1)二の丸展示館の観光案内
二の丸展示館は、水戸城二の丸跡に作られた博物館です。水戸二中の改築工事で発掘調査を行った資料や出土物、関連資料、水戸城模型などが展示されています。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目6-8
(2)二の丸展示館の観光VRツアーの説明
上記画像は、二の丸展示館の入口の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、空撮146m、入口、安積澹泊像で構成されています。

二の丸展示館 安積澹泊像:水戸城跡のおすすめスポット

水戸市の安積澹泊像の景観写真とVRツアーのリンク
(1)安積澹泊像のスポット案内
安積澹泊像は、水戸城二の丸展示館の前にあります。安積澹泊は、水戸黄門の格さんのモデルとなった人物で、江戸時代中期の儒学者であり、水戸彰考館で大日本史の編集を行った人物の一人です。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目6-8
(2)安積澹泊像の観光VRツアーの説明
上記画像は、安積澹泊像の360°パノラマ写真のVRです。

水戸彰考館跡:水戸城跡観光の名所

水戸市の水戸彰考館跡の景観写真とVRツアーのリンク
(1)水戸彰考館跡のスポット案内
水戸彰考館(しょうこうかん)は、元禄10年(1697年)に、西山荘で隠居していた光圀が修史事業の為に水戸城内に置いた修史局で、水館、水戸史館とも呼ばれています。修史事業の完了は正徳5年(1715年)、光圀の死後となり、完成した書名は「大日本史」(正徳本)と定められました。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目6-8
(2)水戸彰考館跡の観光VRツアーの説明
上記画像は、水戸の彰考館跡の入口の360°パノラマ写真のVRです。このVRツアーは、入口、説明板で構成されています。

茨城師範学校跡:水戸城跡のおすすめスポット

水戸市の茨城師範学校跡説明板の景観写真とVRツアーのリンク
(1)茨城師範学校跡のスポット案内
水戸市三の丸には、明治21年に水戸市柵町から師範学校を移設した、茨城師範学校の跡があります。
所在地〒310-0011 茨城県水戸市三の丸2丁目6
(2)茨城師範学校跡の観光VRツアーの説明
上記画像は、茨城師範学校跡の説明板の360°パノラマ写真のVRです。